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番組審議会報告

2015年 7月開催 番組審議会報告
FMヨコハマでは下記のとおり、番組審護会を開催いたしました。

開催年月日 2015年 7月16日(木)   15:00~16:00
出席者 番組審議委員

船場ひさお委員長、宝田博士副委員長、岡崎三奈委員、
長谷川篤司委員、横尾典克委員

FMヨコハマ

兒玉智彦副社長、久冨一雄取締役編成部長、加藤直裕編成2部長、
三角文英総務部長、小林信子編成部マネージャー


議題 特別番組「17歳の頃」  (2015年5月31日 20:00~21:00)

議事の内容
審議に先立ち、前回(平成27年6月18日開催)の番組審議会より本日まで、訂正、取り消しの放送がなかったこと、また、放送内容に対する苦情・意見もなかったことを報告しました。
そして、議題の番組について、放送同録CDを聴いた後、各委員から感想、意見等を聞きました。

審議の内容
まず、議題の番組 「17歳の頃」について、概要説明に入りました。

◆番組タイトル:「17歳の頃」
◆放送時間:2015年5月31日(日) 20:00~21:00

◆出演: 北島美穂(「THE BREEZE」DJ)ほか

◆放送形態:完全収録パッケージ

 
今年は戦後70年を迎えます。ここ横浜も終戦間際に大空襲を受け、関内・元町・中華街といった中心地が、あたり一帯焼け野原となりました。終戦の知らせを横浜で聞き、戦争と平和の移ろいを見てきた当時の17歳には、戦争が終わった後、どんな夢や希望、目的があったのでしょうか?
番組は、大人でも子供でもない狭間の年齢であり、これからの生き方を決めていく上で重要な時期である17歳にスポットをあて、終戦を17歳で迎えた方がいかに強く、たくましく生きてきたか、横浜の復興と共に追いかけています。

ある日、FMヨコハマのスタジオに4人の男女が集まりました。 2人は平和署名活動に参加している高校2年生、もう2人は今から30年前、FMヨコハマが開局した当時17歳だったリスナー、いわば高校生の親世代の代表です。
その4人に「戦争について家族から話を聞いたことがあるか?横浜が空襲を受けたことを知っているか?」尋ねるところから番組は始まります。
1945年5月29日午前9時過ぎ、横浜の上空に100機を数える戦闘機が来襲。約1時間にわたって焼夷弾が落とされ、死者は約1万人、横浜市の約8割が焦土と化した大空襲を受けました。そして、やがて終戦。これらを17歳の頃に経験した方を探したところ、戦中戦後を通じて元町、中華街で生活している3人に出会い、貴重なお話を聞くことができました。そのお話を先ほどの高校2年生、そして開局当時17歳だったリスナーに聞いてもらい、最後に思ったことを自由に話してもらうことにしました。
17歳で終戦を迎えた方の話は、今の高校生にとってどう感じるのか、またその親世代は何を思うのか・・・時空を超えてつながる3つの「17歳」。そして、横浜の奇跡の復興とそこに生きた若者たちの青春。それは、たくましくも、ちょっぴり胸がキュンとする、横浜ならではの戦後のワンシーンが思い浮かんできます。



以上、概要説明に次いで、2015年5月31日(日)に放送した「17歳の頃」のダイジェストを聴いた後、審議に入りました。

各委員より、次の感想、意見等をもらいました。
実際は戦争の内容であるが、「17歳の頃」のタイトルにはどことなく甘酸っぱさを感じられて、良いタイトルである。
北島さんの語り、落ち着いた声のトーン、はこの番組にピッタリではあると思うが、強い印象は残らないように感じる。
なぜ「17」に拘ったのであろうか?
時間が短いのか、登場人物が多いのか、どこにフォーカスがあるのか、焦点がぼやける感を感じる。
この番組を制作する上で、一番苦労したところは?
回想の部分がやや長いように感じる。
もっと戦争を知らない世代の人達の話を聴きたかった。
三世代の人達を一同に会して話し合うパートが有っても面白かったのでは。
戦争の話題を映像で残している事は多いと思う。この様に実際に体験した人の「声」「音」で残すと言う事は非常に重要な事のように思う。ラジオの特徴である、イマジネーションがかきたてられ、とてもインパクトが強い。この様な記録を「音」で残して行く事はある意味ラジオの使命感の様に思う。
1回きりの特別番組で終わるのではなく、継続的に残していってほしいテーマである。

これに対し、下記の返答をしました。
「17」と言う数字に拘ったのは、「人は17歳の感性に回帰する」、「17歳は過去ではない。今日の自分の一部なんだ」と言う言葉に出会った事、また、世の中「17歳」と題した歌だったり、映画のタイトルが多いのでは、と思ったからである。
17歳が一番いい時代だったと言う人もいれば、その一方で、そう思っていない人もいる。
戦後横浜も、強くたくましく生きている人もいれば、生きるためには、何だってやらないと(犯罪をしても)生き延びる事さえできなかった人もいる。そのバランスを取れなかったと、それを全部拾おうと思うと、やはり1時間では語れない、話が収めきれない難しさがあった。
今回は、戦後、空襲であたり一面焼け野原になった横浜で、「強くたくましく生きてきた人がいた」事を描いてみようと思った。
続編を作るなら、今回の番組が「光」だとすれば「影」が描ければいいと思うが、横浜の影の部分を的確に伝えられるかは難しいように思う。
今回取材をしてみて、横浜にはいろいろなエピソードに事欠かない街だという事に改めて気づいた。続編を作るのに、テーマはいろいろ考えられると思う。

以上、16時00分に審議終了、散会しました。

審議機関の答申または改善意見に対してとった措置及びその年月日 : なし
審議機関の答申または意見の概要を公表した場合におけるその公表の内容、方法、及びその年月日
各委員の意見及び回答を概容でまとめ公表
平成27年8月17日 4:55から3分間、当社で放送予定
平成27年8月17日、当社ホームページに掲載予定 (http://www.fmyokohama.co.jp
その他の参考事項 : なし
以上