
『「バックパッキング」という行為には哲学があるんです』
渋谷:作家でバックパッカーという職業って、どういう職業なんですか?
加藤:日本人の「バックパッカー」のイメージは、「汚い格好して、大きなバックパック背負ってインド・アジアを放浪する」・・・
渋谷:まさに!
加藤:もちろんそれもバックパッカーですが、私の場合は、フィールドは自然なんです。山歩きに限らないですが、特に子どもの頃から山が大好きで、小学生高学年で山を歩いていました。でも登山家にならずにバックパッカーになったんです。
渋谷:今の話だと、登山家とバックパッカーは違うということなんですね。
加藤:言葉に拘っていることなんです。やっていることはハイキングもすれば登山もするんですが、「バックパッキング」という行為には哲学があるんです。
渋谷:哲学!
加藤:私の子どもの頃は自然保護といった考えはほぼなかったんです。有名な山岳会でも、山に入って食べたものは「狐が食べるから大丈夫」とそのまま捨てていく、それが当たり前のように行われていたんです。
渋谷:今と違いますね。
加藤:それに対して疑問を持ってたんですが、1960年代からアメリカではヒッピームーブメントが起こりましたね。そこから自然回帰と言う考えがアメリカの一部の人から起こってきたんです。そのヒッピーは、バックパックを背負って精神性を求めてインド放浪するというパターンの人と、また一方で、自然の中に入っていくパターンの人と、2つに分かれたんです。
渋谷:そうなんだ。
加藤:ヒッピー・ムーブメントの大きな動きがあったところは、カリフォルニアのUCバークレーで、ヨセミテ公園のあるシェラネバダ。カリフォルニア中枢部を南北に連なる広大な山脈がフィールドで、大きなバックパックを背負って山に入っていくんです。衣食住すべてを背負っているわけです。自己責任で自然の生活をフリーな気持ちで楽しめるというのが、バックパックのひとつのパターンだったんです。
渋谷:なるほど、テントも持っていますもんね。
加藤:そして60年代後半、ある意味「完成された文化」として、アウトドアという文化が日本に入ってくるんです。私は日本の登山にそういう面で疑問を持っていて、私が求めるイメージとちょっと違うなと思っているところに、自然保護と一体としたアウトドアの文化が入ってきて、そのなかのひとつがバックパックで「これだ」と思ったんです。
渋谷:なるほど。
加藤:だから「バックパッカー」という言葉に拘っているんです。やっていることは、山歩きとそう変わらない。
『ひとりで森に入ると見えるものが全然違うんです』
渋谷:加藤さんのような生き方に憧れる人も多いと思うんですけど、生易しいことじゃないですよね、どうすれば加藤さんのような世界に近づけるんですか?
加藤:楽しめばいいんですよ。「ただもともと歩くことが好きだ」ということに理屈をつけるだけのことかもしれないけど、歩くことは人間の本当の原初的な移動手段ですよね。車でも自転車でも、ものに乗って移動すると見えないものが、歩くことによって全部見えてくる。それを私はやりたいんです。まぁそんな理屈はいらないですから、歩くことをたのしんでほしいですね。
渋谷:森のなかをひとりで歩いていて、孤独にならないですか?
加藤:孤独ですよ。でも孤独がまた快感(笑)
渋谷:快感ですか(笑)
加藤:もちろん社会生活が嫌いではないですし、仲間と歩く楽しみもあるんですが、一人で歩くことは、自然と一対一でつきあうわけです。仲間と「あれ綺麗だね」と話ながら歩くと、見過ごしてしまうものがたくさんあるんです。実際にやってみるとよく解かると思うんですけど、ひとりで森に入ると見えるものが全然違うんです。
渋谷:加藤さんにとって自然と一対一の時間はどういう時間なんですか?
加藤:最も心のフリーな時間ですね。